曇りの夕方だった。夕方といっても、もうほとんど夜に近かった。光がゆっくりと衰え、景色が灰色に染まってゆく。海岸には、僕と彼女以外、誰もいない。周期的な波の音がするだけだ。
「寒いね」
彼女は柔らかそうな白いマフラーに顎をうずめた。冷たい冬の風が海の向こうから吹き付けてきて、僕たちの身体を冷やし、彼女の長い髪を靡かせて、どこかへ去っていった。
「もうそろそろカフェにでも行きましょう?」
彼女が首を傾げるように僕の顔をのぞき込んだ。
うん、と僕は頷いた。しかし動こうとしない僕に、彼女は小さくため息を吐いた。
「もう。あんまり長くいると、体が冷えて、風邪ひいちゃうよ」
そう言いながらも彼女は砂浜の上に腰を下ろし、両手を組み合わせ、吐息を吹きかけている。僕もその隣に座った。雨の日に植物を濡らす無数の雫のように、波の音は僕の胸を洗っていくような気がした。灰色の空は、どんどんと夜の暗さで世界を覆いつつある。金属を思わせるような、硬質な冷たさをもつ空気があたりに漂い、喉を通り肺に至り、僕とその冷ややかさは一つになり、再び血が身体を温め、また空気が冷やし……。波のような周期性を、体に感じる。